日本のアパートと言えばトキワ荘

「トキワ荘」の歴史をご紹介

アパート生活と聞いて連想するのはやはり「トキワ荘」

手塚治虫や石ノ森章太郎を始め日本を代表する漫画家達が沢山住んでいたことであまりにも有名です。
風呂無し・共同トイレ・共同キッチンのアパートという住環境の下、数多くの名作が生み出されました。

このトキワ荘は、椎名町5丁目2253番地(現・南長崎3-16)に1952(昭和27)年に建築された木造モルタル2階建アパート。間取りは四畳半、押入れ、入り口が半間の板敷、家賃は、1ヶ月3千円(敷金3万円、礼金3千円)。当時としてはごくごく一般的なアパートだったのです。

トキワ荘の時代~戦後間も無い頃の日本~

トキワ荘に漫画家たちが住んでいた時期は、1953年から1961年までの約8年間です。この頃の豊島区は、戦後の復興が急激に進められていました。特に池袋周辺ではヤミ市が撤去されデパートや映画館などの大型施設が次々と誕生し、そのに人々が集まるようになり、人口が急増します。それに対応すべく、アパート住宅が数多く建設されたのです。
特に地方から就職・進学のために上京してきた10代~20代の若者の入居を想定した木造賃貸アパートが多く建てられました。映画 All Ways三丁目の夕日の世界ですね。

あの頃の人達は皆、例え部屋が狭くて貧しい生活でも、自分の夢、将来に希望を持って前向きに生きていました。トキワ荘の例に限らず、現在、様々な分野で成功を収めている人達の中には、かつては地方から上京しこのようなアパートからスタートさせた人も多いのです。 昔の貧乏自慢をする人達、若い頃は辛くても振り返ってみれば、四畳半生活での経験を微笑ましく語る人も沢山います。私達も夢に向かって頑張りましょう。